レゾナント体験記

Resonant Communication

最近私は人の話を聴いてるときによく思うのが、
本人は相手の愚痴を言っているのだが、その描写が本人の悪いところを言い当てているように感じるのである。
例えばAさんが「Bさんの話は長い」という、そしてつらつらと説明しだすその説明が長い、とか。
とても負けず嫌いな人が「あいつは負けず嫌いだ」と他の人をさしていうとか。

それをレゾナントで聴いてもらった。
リフレクションされて私から出てきたのは
「恥ずかしい」という感情だった。
それは自分が自分のダメなところを拡声器を使ってわざわざみんなに言いふらしているんじゃないだろうか心配になったからだ。
「どう思われるかが気になるの?」と聴かれた。
私は幼少期に母に注意されたことを思い出し、
「自分が自覚していない自分の変なところを人に指摘されることがトラウマだ」と答えた。
相手:「自分が変なところがないかずっと自分を見張ってる感じですか?」
私:「そう、私は自分のことをバケモノだと思っていて、本当にリラックスできるのは一人きりになったときだし、気を張ってないと自分が今人の型体を保ててるか不安になる」
相手:「それが気になって不安になるのは居場所がなくなるからですか?」
私:「そう、自分が変な奴だとバレたら見捨てられるかハブられてそこに居れなくなると思っている」
相手:「それが怖い?」
私:「そうなったら終わりだと思ってる」
相手:「すごく自由でいたいっていってるエネルギーを感じるな。自由でいても受け容れてもらえて自分が安心していられる居場所をつくりたいのかな?」
私:「そうだね、それは行動に移してもいる。あと、少し変な人だとわかった上で受け容れてくれている人とならとてもリラックスできる。あと相手も変な人。」
相手:「受け容れられているっていう感覚があるんですね」
私:「うん」
相手:「ニーズは自己受容だね」
私:「そうだね」

こういう流れだった。
相手が私の「自由でいたい」っていうところを受け取ってくれたことがとても嬉しかった。
私のいう変なところっていうのは世間一般から見てズレている感性の部分なんだと思う。
突拍子もない行動をしたり、変なこと言っちゃったりすることを私は恐れている。
そこを母親に受け容れて欲しかったんだと思う。

相手は途中紐解きしちゃってたと言っていたけど
私がそこを感じてもらいたかったんだと思う。

しかし驚いたのが、私この話がこんなに深いところに行き着くとは思ってなかったのだ。
なんで人は自分が認めたくない自分の嫌いな特徴を持った人を見つけて文句ゆうのか不思議だなあって
そのくらいの軽い感じだったんだけど。ほんと面白い。

ああでも、この人たちも自己受容のニーズがあるんだろうね。
自分の嫌いなところを受け入れてよってことだから。
命はニーズに気づいてもらいたくてしょうがないよね。
全てがこうして現実になって現れる。

だから私はできるだけ現実からの命のメッセージを受け取りたくて
レゾナントをしている。
命の声はわかりにくい。現実を読み解くのはなかなか困難だ。
相手が言っていたけど生存本能を生存本能を使ってなだめてるいるって。
すごくよくわかる。現実を読み解くのはレゾナントで他人の感覚器官を借りるのが一番効率がいいと思う。