私のマインドジャーニー

HSP

20代前半の頃、私は悟りを開きたいと思っていました。
そうすれば苦しくなくなるんだ、いいことしか起こらないようになるんだと思っていました。

そのころは自分への評価が低く、自己否定の嵐で感情の波に簡単に飲み込まれていました。

何をしてもうまくいかず、悔しいし悲しいし辛いし苦しい。

こんな自分を友達に見られることも恥ずかしいと思っていたし、
劣等感を強く感じていました。

なのでその頃人生の挫折を味わいまくっていました。

自分だけが選ばれないということがよくありました。

就活は希望の会社に最終面接で落ち、フリーターをしながらなんとかデザインしつつ。。

その時の自分の動機や原動力って人に負けたくないとか、よく見られたいとか、すごいと思われたいとか、、そんなことだらけでした。

「自分には何か足りない」という欠乏のエネルギーが出まくっていたんだろうと思います。

その頃に出会う人も「自分は足りない」という劣等感のエネルギーがある人だったり、目的が「自分をバカにしてきた人を見返してやりたい」というものだったりする人で、本当の友達はできず、傷ついて失敗を繰り返していました。

マイナスからの出発ってうまくいかないんだなと学び、そして私には先に癒さないといけない部分がたくさんあると知りました。


この頃読んでいたのはティク・ナット・ハンのシリーズ

怒りの収め方や感情の取り扱い方を学び、瞑想に興味を持ち始めました。

「見返してやりたい」というような悔しいとか怒りの感情がとてもこの頃は強かったと思います。
家族から何を言われても私のことを批判しているようにしか受け取れませんでした。

そして少しずつですが、その苦しさを埋めるように克服してきました。
デザイン力をつけ、対人能力をつけ、なんとか社会に存在していい人間になろうと努力してきました。

その頃、制作会社に就職し(軽めのブラックでした)
自分には足りないをまだまだ感じ、自分を責めていました。

自分の心の状態が現実に影響するというのも本当なんだと思います。

で、その頃にハマっていた本はホ・オポノポノ関連です。

この本に出会ってから自分の感情に嘘をついたり抑え込んだりすることなく、やっと自分の負の感情を認められるようになってきました。

今まで見ぬふりしていたんだなということにも気づきました。
負けたくないと思っていたことすら見ないようにしていたことに気づきました。

カッコ悪い自分や理想と全然違う自分が本当の自分だと、受け入れられるようになっていきました。

そしてヨガを始めたのもこの頃で、週1でレッスンを受けに行くようになりました。
この先生が当時の自分にとても合っていて、今でもあの頃のヨガは本当に良かったなあとよく思い出します。

レッスン内で呼吸法や瞑想など盛りだくさんに教えてくださいました。
激しめのフローで翌日筋肉痛で動けなくなってましたが笑

あ、あと筋肉をつけることと姿勢を正すことはとても心に良いと思います。
その頃の私は今より8kgくらい痩せていて、ひょろひょろで猫背で根暗でした笑

心の状態は外見に現れるのではないかな。

外側の環境や人を気にしすぎな私が、身体に意識を向けることで、自分を感じるという行為がとても癒しとなりました。さらに自分を観察するということがわかってきました。

プラスの意識の持ち方もその時に教わりました。
レッスン帰りになぜかスキップしたくなる日もありました。
その感覚が忘れらず今でもヨガをしています。

少しずつ自分の良い状態を保つことができるようになってきて仕事を変えました。

自分の時間がないとダメだと気づき、残業が少ない派遣でwebデザイナーとして働くことにしました。
その頃出会った人たちは優しくて、みんな友達のように仕事をしていました。

しかしふつふつと、「このままぬるま湯では世間においていかれるのではないか」「役立たずの人間になってしまうのではないか」という恐れが沸き上がってきました。

「自分は何か足りなくて出来損ないだ」という観念が行動を駆り立て、それを癒せる方法を知らず、ただ焦っていました。

さらに失恋などの反動からヨガのインストラクターの資格を取ろうと思いました。

自分には何か足りなくてそれを埋めれば幸せになれる、あのヨガをした後スキップしていた気分を味わえるんだと思って行動していました。

無事に資格を取り、副業するため就業時間が少ない会社に入り残りの時間はヨガを教える生活が始まりました。

最初は不慣れな環境で苦しかったけど、1年経つ頃は人に教えることでヨガへの理解が高まり急速に変化する自分の身体と意識に毎日ワクワクしていました。

筋肉がつき身体は大きくなり、人と話すことが苦ではなくなり(今まで苦手でした…)

かなりプラス思考に変わっていました。
ある意味これも克服行動です。

まだまだ適合期を過ごします。


その頃沖縄移住の話が出てきます。


沖縄はずっと住みたかった場所。

海を見ているときはヨガを受けた後の爽やかな気分に似た感覚を味わえるので、この気分が良くなる時を少しでも長く味わいたいといつも思っていました。


紆余曲折ありましたがうまいこと話が進み沖縄に移住しました。
(割愛します・・・笑)


「やったーこれで毎日いい気分なはず!」って思ってました。

が、そんなに自分は変わりませんでした。
大変な出来事が勃発します。。。


そしてメンタルモデルに出会います。
「不安や恐怖を感じる体験や感情があってもいい」とは思えずに回避しているシステムがこのメンタルモデルだということがわかりました。



私の潜在意識の根底には「私は邪魔でいらない子だ」というものがあり、「役に立たなければ捨てられてしまう」という恐怖がありました。

私の行動は「捨てられないために役に立たなければ」という強迫観念から行われていました。

そして生きているだけでは価値がないと思い込んでいるので、価値を証明するために色々すごいと思われるようなことに手を出します。デザインもヨガもその一つ。

今までの行動の原理が一本筋を通したようにわかりました。

私が今しなければならないのは痛みを回避しないこと。
ありのままの自分(役に立たなければ選ばれない・捨てられる何か欠けている自分)を受け入れて愛することでした。
メンタルモデルは生存本能が動かしているシステムなので、真実ではありません。

とにかく自分の中に強迫観念とか恐れや怒りが出てきたら、ああまた生存本能が動いているんだなと思って立ち止まる。
「どんな痛みを避けるために私は行動したくなっているのかな?」
と問いを自分にかける。

このように丁寧に自分を扱っていくことで少しずつ自己統合への道筋が見えてきました。
あってはならない自分をあってもいい自分に置き換えられるようになってきました。

私のモデルは欠陥欠損モデルなのですが、同時にHSS型HSPであることもわかりました。
欠陥欠損モデルということが腑に落ちたので認めることができたような感じです。

その辺りの記事はこちら↓HSS型HSPだと気づくきっかけになった本も紹介しています。



とても臆病なのに好奇心旺盛で、独りの時間が必須なのに対人も大好きという矛盾を抱えています。

かなり繊細で常に外の情報に意識を向けています。それは外の世界が安心できる場所ではないと思っているので全方位にアンテナを立たせているのです。

この特性は本当に安心できません。常に不安です。
ただ自分の生きにくさの原因がわかることは安堵になりました。


全ての感情も体験もただあることで、体験してはいけないことも、感じてはいけないこともない。
避けなくてはいけないこともない。
だから生存本能が反応したらその武器を置く。今まで私を守ってくれてありがとう、でも大丈夫だよ、私はあるものを感じたいんだ。と声をかけて武器をしまう。


このように感じ始めた頃、今度は笠村メソッドに出会います。


体感を感じると、本当に全てが起こっていい出来事であること、
身体は溜まっている感情エネルギーをお掃除したいだけなんだなということ、
全ての感情を認めることが自分を愛することにつながること、
が、本当に腑に落ちてわかるようになってきました。

なので今私がこのブログを通して伝えたいことは、
人生って味わうだけなんだ
ということ。

でもあーだこーだと言いたくなったり
ドラマ仕立てにしてみたりしたくなるのは
生存本能が不快を避けるために行なっているだけなんだってこと。
それもあっていいことだし、そういう仕組みなんだなってこと。

私もまだまだ思考の波に乗っ取られて
ドラマを生きてどうしようどうしようってやってしまいますが
その時にまた気づいて
体感を感じてみる

その選択ができるってことが
現実を生きるお守りのような存在になっているので
どんなことが起きてもまあ大丈夫かなって
思えるようになりました。
なので不安感がだいぶ減ったような気がしています。

最後に私が「人生って味わうだけなんだな」を表現してくれている大好きな映画を貼っておきます。
つい、「何かを成し遂げなきゃ」とか思うけどそうじゃないって教えてくれます。

何度もリピートして見ている大好きな映画です。

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