メンタルモデルのワークブックを最後まで終えました。
私の痛みは「私は重荷だ」「私はいらない子だ」「私は奴隷だ」のあたりでした。
最初、「愛なし」モデルかと思っていたのですが、順を追ってワークを進めていくと自分の内側の奥底の方に触れることができ、最後のワークで本当の痛みにたどり着くことができました。
私が怖いのは「いらない・邪魔だと思われると、言いなりのように動かされる」でした。
あれをしろと言われるとやらなければ生かしてもらえない、というような状況がとても怖いのです。
このトラウマは幼少期に母に、「父との仲を取り持たないと口を聞かない」と言われたことが大きいようです。そのほかにも色々と自分がありのまま振る舞うと、家族に「ぶりっ子、キモい」みたいなことを言われたような記憶があります。私の根底には「ありのまま愛されない」「下に見られると、支配されて奴隷のように扱われる」「人は信用できないし、世界は危険な場所」という信念が出来上がりました。
その後は下に見られないように技術職を手につけ、人の役に立つことで優位に立てるように振る舞ってきました。すべての行動の根源にこのような痛みがあることを知った時、本当に一本の筋が通り、納得がいきました。
ではこれからの人生をどのように生きればいいのでしょうか。
痛みを避けていると避けたい現実が訪れるのが真理だと思います。
でも私はこの痛みは手放すことはできません。
この怖さもなくなることはないですし、そのために身につけてきた蘇生術を手放すことは怖すぎてできないと思います。
本ではただ受け入れると書かれていました。
「痛みがあるんだね」
「それが怖いんだね」と。
この痛みがわからなかったので私はずっと怒っていたし、家族をどこかで恨んでいました。
「どうしてこのような扱いをするんだ」「もっと大切にしてよ」と。
人はみんな痛みを抱えていること、それが4つに限定されること、痛みは願いがあるから持っている。
ということを理解した後、怒りの感情は薄くなった気がします。
私の魂が思い出させるように動いていたこと。
命が大切に扱われる世界を創ることが私の使命だということ。
そのために体験していたことだったのだと思うとなんだか不思議な安堵感がありました。
また、宇宙が人に痛みを与えることでその痛みから願う世界を現実に創るためにしているのではないかなと思いました。波紋のようにそんな影響が広がって、痛みの先の願いに気づき、そのための行動を起こす人が増えると、本当に願う世界が訪れるような気がしました。
大海原の中の雫の一滴に過ぎないかもしれませんが、そうなれるようにしていきたいな。
私のこれからの行動は痛み・怖さの回避からではなく、自己愛から行うことで体現していけたらなと思います。
私は「価値を与えなければ」ってすごく思ってしまって行動します。
まずそれを弱める。人の期待や要望に応えることではなく、自分を大切にする行動をとる。
誰も認めてくれなくても自分には価値があると自分で認めること。
自己承認って全然どんな感じなのか想像もつかないですけど(重症)
私だけが特別でなければ不安だったのですべての人の命が価値があるって思うとまた不安になるのですが、まずは自分だな。
少しずつでいいので自己承認できていけたらいいなと思います。
メンタルモデルがわかった後

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