願いをみつける

emotion

感情を体感で感じても全然抜けない時は、「こうしたい」という願いがまだ見つかっていない証拠だと思う。願いをみつけ、願いを実現させるために行動すると、感情は抜ける。

願いは普通隠されている。なぜなら叶わないことが痛すぎるからだ。

なので願いはないことになっている。
私の場合は「私は愛されない」「私は大切に扱われない」「私は軽んじられる」という信念で願いに蓋をしていた。そうすることでその願いが叶わない痛みを避けてきたのだ。

そのままでは愛されないから愛されようとしたのは愛されないという痛みを避けるためだし
そのままでは大切に扱われないから大切に扱われるために努力したのは無碍に扱われる痛みを避けるためだった。

でも私の本当の願いはありのままで愛されたいし、大切に扱われたい。

この願いが叶わなかったのは幼少期であることには間違いない。
徐々に信念を強めていったと思う。話をまともに聞いてもらえないことや、邪魔者扱いされることや、バカにされることでその信念を強めていったんだと思う。

そしてその痛みを避ける行動をしてもやっぱり愛されずにむしろ無下に扱われることの方が多かった。
それは信念が「ありのままでは私は愛されない、大切に扱われない、私は大した人間じゃない」だからだった。

最近本当の願いに触れた時に涙が溢れて身体の震えが止まらなくなって
「大切にしてほしい」「敬意を持ってほしい」と出てきた。

本当の願いは怖いんだ。言っても無駄だと思ったり、無力で現実が変わらないことが怖いのだ。
でも願いがあると認めることは、それが叶わない痛みを受け入れることなのだ。

まずはそこからなんだなあ。

なので要望を伝えてみようと思った。
今までは「どうせ叶えてもらえない」って思ってるから言ったこともなかった。
これからはどうしてほしいかどんどん伝えていこうと思う。

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