私は存在しない方がいいという痛み

emotion

5/1のyoutubeをなん度もリピートしている。
一緒に紐解かれているようだ。人と同じだと怖くなくて安心して自分の痛みを見れるんだな。
本当にありがとうと思う。

私は「自分は邪魔な存在だ」という信念がある。
「ここにいない方がいい」はしょっちゅうどこでも思っている。
1日に1回は絶対思ってるんじゃないかな。

なので人に自分の存在を大切にしてもらえたら、命の尊厳が保てているって思えるのだ。

この方程式では
何もしてもらえないこと=「命の尊厳がない」になる。
だって「私は邪魔」がデフォルトだから。

人に大切にしてもらえたらいてもいいんだって思えるのだ。

「邪魔な自分」を否定してもらいたいのだ。
あなたは必要ですよ、と。
なので自分の命の尊厳が人頼みになる。

「あなたは必要だよ」って言ってもらうためにかなり努力をするんだけど
やっぱり私は邪魔なんじゃないか、いない方がいいんじゃないかという不安がなくなることはない。

だからパートナーが自分を必要としているかどうかが心配だし、邪魔だと思われるんじゃないかと心配している。

自分で自分の命が大切だとは思えないのだ。
「私の命は尊い」を自分で感じることができると大きく変わる。

誰かに大切に扱われなくても私の命は尊い。
私の命はもともとずっと生まれた時から尊いのだ。

それを感じる隙間がなかった。
不安で埋めることしか考えてなかったから。
人の役に立つことで自分の命を大切にしてもらおうとしてきたから。

人に邪魔って言われても私の命は尊いんだ。
邪魔な命ってある?
迷惑な命なんてないよね。

命の尊厳を人に委ねてしまっていたんだ。

最近大切な人に約束を破られた時があった。
その時に自分が大切にされていないと感じた。
いない方がいいんだと思った。それが本当に痛いのだ。
それは私が自分の命の尊厳を人頼りにしているからなんだと気づけた。

人に頼らずに「私の命は尊い」って思えたらこのシステムはバグる。

いない方がいい、邪魔な命を尊厳を守られるようにするにはどうすればいいの?という人生だった。
いない方がいい、邪魔な命を尊厳あるものにするのは人の役に立つことだった。

人に大切にされなくても私が「私の命は尊い」と私自身が肉体で感じることができるとそれは安心になる。

いてはいけない命なんてない。
自分の命は尊いということを思い出すしかない。

感じるしかないということだ。
多分これからも何度も「私はここにいない方がいい」という痛みがやってくると思う。
何もできなかった、邪魔だった、という痛み。

その都度、自分の命は存在しているだけで尊いこと、自分の命の存在を身体で感じようと思う。
その痛みも。

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