感じたくないことを感じる

HOOPONOPONO

宇多田ヒカルさんの歌詞に
「感じたくないことも感じなきゃ 何も感じられなくなるから」
というのがあってそれがめっちゃ好きなのです。

ザ・メンタルモデルで炙り出しまくっている私の痛点は
大体下記のような感じである。
欠陥欠損モデルかなと思っていたけど
最近はやっぱ愛なしかもと思ってきている。

・私は放置されている
・私は考慮してもらえない
・私は軽く扱われている
・私は大事にされない
・私は一番には愛されない
・私はどうでもいいと思われている
・私はぞんざいに扱われている
・私は無下にされる
・私のせいにされる
・適当にあしらわれる

このあたりかな・・

これらを本当に感じたくなくて避けまくっていたり
思考でそんなはずないと色々解釈を変えてみたりしていたけど

本当はそのまんま感じてみたかったようだ。

これってなかなかそのまま感じるのは難しくて、よくご紹介している笠村メソッドの「怒りのワーク」をすることが解放のきっかけになるようだ。


上記の私の痛点リストをされたことに対して
1人でブチギレしまくってみると
不思議なことにそのまんま体感を感じることができる。

感じたくなさすぎて、恐らく「されたこと」を良い方に解釈とかしちゃったり
相手の事情を汲み取ったりしているから
今まではちゃんと体感を感じられなかったんだろうな。

でも怒りのワークでは思いっきり「相手にされた」ことにして
100%「相手のせい」にできるから感じ切ることができるっぽい。

これを行なった後は号泣した後みたいにスッキリする。
そして今までは自分が「された」ことを認めたくなくて、
相手の事情を考えてたりしたけど
されたことを認めると

自分が都合よく扱われていることが認められて
やっぱり大切にされていないってことも認められる

そしてその自分のことも認められるようになる。

都合よく扱われる自分なんかあってはダメだと思っていたけど
都合よく扱われる自分で不快感を感じてもいいんだなと思えるようになる。

どんな自分もあっていいと思えるし
どんなことが起こってもいいと思えるようになる。

そして事実がどうでもよくなる。
大事にされてるされないはどうでもよくなる。
体感だけなんだなって思うようになる。
この体感を避けてただけなんだなあって思う。
でもその体感は思考抜きにして感じると
味わっていて不快感がない。
ただ振動しているだけ。それを感じるだけ。

これらの体感は幼少期に感じた感情が感じきれずに身体に残っていると解釈されていて
幼少期の体験はほぼ、対お母さんと言われている。

思い当たることだらけで、私は幼少期、お母さんにしっかりと向き合ってもらえたという体験があまりない。母の都合と機嫌に振り回されて私のことは配慮・考慮してもらえたと感じれたことが少ない。
このこと対する「なんでなんよー!」が溜まりまくっていそうだ。

なので「どうせ私のことは考えてもらえないので最初から合わせた方が楽。」というスタンスがデフォルトになってしまった。駄々をこねたり必死で訴えることが無駄だと思うようになった。

でもしっかりとその「私のことは配慮・考慮してもらえない」怒りと悲しみを体感で感じ切ると
それを避ける必要がなくなるので、どっちでもいいと思えるようになる。

なのでサラッと自分の要求も伝えることができるし、相手の要求も聞けるようになってきた。
自分の要求が通らなかった時に今までのようにいちいち悲しくなったり愛されていないからだとか思わなくていい。「あっそう。」で済むことが増えてきた。

悲しくなる時は悲しいをしっかり感じきればいい。
流せない時は大体自分の中に何か痛みがあると思えばいい。
そしてそれは自分で流すことができるので現実を変える必要がない。

怒りのワークは結構しんどくてめんどくさくていちいち大変だけど
現実で相手とやり合って傷つけあって傷増やして同じこと繰り返すことを考えると大分コスパがいい。

なので何度も言っているが「ザ・メンタルモデル」と「笠村メソッド」を併用することがとても効率がいいと思う。
そしてその土台となる考え方に「ホ・オポノポノ」があると思ってもらえると理解が早い。

ちなみに「笠村メソッド」は現実が変わると謳われていますが、現実が変わらない人は現実が変わらんやんけボケーってブチギレすることをおすすめしますw。

大事なことは現実を変えることではなくて溜まっている記憶をお掃除することだと思う。

そして「ザ・メンタルモデル」は何もするな不安なままでいるんだと言われますが
体感を感じることを知らずに不安なまま何もしないでいるとパニックになるので、体感で感じきって抜ける方が健康だと思います。

これらを知って本当に全部が幼少期の体験なんだなあって思って不思議。
恋愛も親との関係での傷を見直しているだけだし
問題だと認知することほぼ自分の痛みが疼いているだけなんだなと。

自分の思い込みや既成概念が問題にしているだけなんだよなあ。

現実はこのように翻訳する必要があるので難解で罠がたくさんあるので分かりにくいのですが
ゲームだと思って解いていくと結構面白いのである。

マトリックスなのだよね。ここにこういう痛みという式が入っているからこういう現実が出力されますっていう。


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